映画『ハッピーエンド』
シネスイッチ銀座にて鑑賞。
人生の終わりを“幸せ”で締めくくるために
(在宅緩和ケアが描く、最期の生き方)
昨日、在宅緩和ケアのドキュメンタリー映画『ハッピーエンド』を観てきました。
上映後には、オオタヴィン監督と在宅緩和ケア医・萬田緑平先生、そして俳優の佐藤浩市さんによるトークショーもあり、忘れられない一日になりました。
映画『ハッピーエンド』のメッセージ:死は敗北ではなく、ハッピーエンドであるべきだ
(在宅緩和ケアが描く、最期の生き方)
この映画に登場する5つの家族が、最期までその人らしく過ごし、“ハッピーエンド”を迎える姿に、ただただ感動しました。
萬田緑平先生の「病院では死は敗北とされるが、本来、死はハッピーエンドであるべきだ」という言葉が心に残ります。 癌の痛みを医療用麻薬で取り除くことで、患者さんは死の直前まで好きなことをして過ごすことができる。
「寿命は自分で決めましょうよ」と語る萬田緑平先生の姿勢に、深く共感しました。
「今日は死ぬには良い日だ」
(佐藤浩市さんによる詩の朗読が胸を打つ)
佐藤浩市さんが朗読した、アメリカ先住民の詩も印象的でした。
「今日は死ぬには良い日だ」——それは悲しみではなく、凛とした受け入れの言葉として響きました。
萬田緑平先生は以前からこの詩は好きだったが、佐藤浩市さんの朗読を聞いて「俳優ってすごいね!」とものすごく心が震えたと言っていました。
私も同じ気持ちになりました。
父の闘病を思い出して
(50代前半で亡くなった父と、あの時代の医療)
私は若い頃、父を癌で亡くしました。
まだ50代前半だった父は、5年間治療に苦しみながら、骨と皮になり、ただ延命される日々を過ごしました。
当時(1985年頃)の日本では、患者本人に病名を告げないのが当たり前。
「なぜ父に真実を知らせてあげられないのか」「なぜ本人ではなく、家族が父の運命を決めるのか」と、怒りと悲しみでいっぱいだった記憶があります。
けれど、今の日本は本人にきちんと告知し、選択肢が持てるのが当たり前の時代になっています。 社会はちゃんと変わっているんだな、としみじみ思いました。とても良い変化だと思います。
映画を観たあとに残った“ひとつの思い”
(一人で人生を終えることへの希望と現実)
映画の終盤は、それぞれの患者の看取りシーンに会場は涙で包まれていましたが、ラストにはウルフルズの「笑えればV」が流れ、観客席にも少しずつ笑顔が戻っていきました。
涙と笑いが共存するこの映画は、重いテーマを優しく、力強く描いていたと思います。
ただひとつ、私としては「おひとり様の最期」についても描いてほしかったな、という気持ちが残りました。萬田先生のお話では「お一人で在宅緩和ケアを選択する人も多い」とおっしゃっていましたが、映画には登場しなかったので・・・。
私は一人暮らしで、将来も病院ではなく、在宅で一人静かに死にたいと願っています。 家族に囲まれて最期を迎えるケースだけでなく、一人で人生を終える選択肢も描かれいたら良かったなあ、と感じました。
同時に、おひとり様の場合、映画にすることを了承する家族もいないわけですから、実現は難しいのでは?とも想像できます。
表現する人たちへ伝えたい映画だと思った
(人生の終わり方は、創作にもつながる)
萬田先生の哲学と行動力、そしてこのテーマを映画という形にした監督の眼差し。
この映画には、目に見えない努力や葛藤も込められているように思います。
この映画を、表現者たち——アーティスト、何かを創り出す人たちにぜひ観てほしいと思いました。
人生の終わり方をどう描くのか、それはきっと、私の作品づくりにも影響を与えると思った映画でした。