ガザに3人の友人がいます。
そのうち1人は早くから国外に出ていましたが、つい先日、もう1人もスイスに脱出することができました。残る1人はいまもガザに留まっています。
彼らは画家であり、またヨーロッパの国々に永住権も持っています。支援やつながりを活かしながら国を出ることができたのだと思います。
ただ、残る1人は先祖代々ガザに暮らしてきた人です。一方で、脱出できた2人は「ガザ難民」でした。
ガザ難民=もともとはパレスチナの他の地域に住んでいたのですが、イスラエルに追われ、ガザに押し込められる形で暮らしてきた人々です。だからこそ状況によっては国外に出る選択をしやすかったのかもしれません。
2019年に彼が来日したとき、私は直接こう尋ねました。
「危険なガザに、戻らないという選択はないの?」
そのとき彼はこう答えてくれました。
「僕はヨーロッパに永住権もあるし、留学経験もある。自由に絵を描く暮らしを知っている。繰り返し迷う。でもそれでも、最後には家族と土地への愛が、僕をガザに戻らせる。」
今回は家族を多く失いながらも、残った家族と共に国外へ出られたことを、心から安堵しています。
けれど同時に、まだガザに留まる友人や、そこに飢えを抱えて生きる多くの人々を思うと、胸が痛みます。
小さな寄付や声でも届けることをやめずにいたいと思います。
ガザに生きる人々が、いつの日か「当たり前の暮らし」を取り戻せるように。
そして友人たちがどこにいても、安心して絵を描き続けられるように。
その未来を願いながら、私もできることを探していきたいです。
……でも本当は、どんな言葉を並べても追いつきません。
ただ悲しさと無力さが残っています。