父の命日

 今日は、昔の成人式の日で

私の父の命日。
25年も前になるわ。

私の成人式の日に他界したので
本当に、てんやわんやでした。

最初、着物を着る予定などなく
(着物を買ってくれるなら車を買ってもらいたい、と要求
頭金だけ頂きました)

だから、着物は用意していなかったのだけど
数日前より危篤の父を見て、
看病をしてきた母が、

「お父さんは、あなたの成人式の日に息を引き取るよ」

と予言したので

それであわてて1歳年上の従姉の着物を借りて
準備したのでした。

着付けや美容室も、どこも既に予約がいっぱいで
叔母がやっと探してくれたところへ駆け込み着付けてもらったは良いが


本当に今日、父が逝ってしまうのか?


半信半疑で朝から落ち着かず、病院へ。

意識はなかったのだけど、
短時間だけ意識を回復できる強いお薬を点滴してもらい

父が目を開けて

私の姿を見て ニコリと笑ってくれました。


だけど、意識を取り戻せば 猛烈な痛みが・・・

もういいから、早く楽にしてあげて欲しいと、心から思いました。


その後は安らかに安らかに、本当に良い顔で亡くなりましたが
この父、実にユニークな人だったなあ・・・と、思い出します。

芸術家崩れ、と言ってしまうと可哀想だけど
今の私なら、わかってあげられる寂しさを
いつも抱えた人だったかなあ。

あまり父親らしいことをしてもらった覚えはなくて
一緒に遊んだことなど、ほとんどないし
だけれど、最後の最後に、
「とりあえず? あんたの成人式までは責任持って生きたからな!」
って言い訳しているようでもあり(笑)



私と兄が、本厄とか後厄?前厄?
とにかく2人が重なった時期だったので
一度、病室で 父に

「私たちの厄が、お父さんに行っちゃったんだね」

と言ったら

父が

「うん、おまえたちの一生分の厄を、お父さんが背負って逝ってあげるから
安心して生活しなさいよ」


なんだか、その時は 
後々こんなに勇気をもらえる言葉になるなんて思いもしなかったけど
これが遺言になってしまって

いつも私は思う。

人生の岐路に立つと、
いつでも 何も怖くない。
必ず、幸せに向かう道を、選択出来る自信があるから。
不思議なのだけど、きっとこれは父の言葉が後ろ盾になっているんだろうと思います。


◾️トップページに戻る

このブログの人気の投稿

次世代につなぐ 原爆 × 芸術 展|岡本太郎美術館

当たり前の暮らしを願って

東京展 パレスチナの子どもたち展|東京都美術館